初めて北海道に来たのは、25年前ごろ、鹿児島のライムライトを辞めて、これから珈琲を学んで行くには、お手本になった、先輩たちの根っこの所を見てみたくなり、その頃には、既に、故人襟立さん(リヒト珈琲)は、他界して息子さんが、北海道で珈琲豆屋を営んでるとの事、東京で次の仕事を探してる時で、朝の目覚めで決めて北海道に行った記憶がありますね。物静かな襟立さんは、奥の部屋で、LPをかけ、親父さんの思い出のパイプやカメラが、静かにディスプレーされていた記憶があります。当時、デザイナーの襟立さんが、設計した珈琲屋が、あったと思うが、行かずじまいで25年がたってしまった、、、
焙煎機械も襟立さんへお父さんが設計した焙煎機械の記憶を元に設計図を書いてもらい参考にして藤田製作所に1kgを注文して、そして3kgを注文した、1kgは、今でも鹿児島のフォレストコーヒーさんが使用しているし、3kgは、長野方面へ旅立ち今はどこへ、、、赤外線付きのバーナーが、前後に分かれ、ドラムも奥がパンチング、前が塞がって奥がパンチングの変わった機械、今思うと、逆の方が良かったと思う、相当なマニア仕様だったと思います、
写真は、魚のアラと豚骨のラーメンやの前で記念写真、、、